【コラム】かぞくのくに/路地裏〜あるタイプ〜 vol.4

世に出回る無数の映像作品の中から、心に残る秀逸な作品を拾い集めたコラム。今回はヤンヨンヒ監督「かぞくのくに」。井浦新さんと安藤サクラさんのインタビューとあわせてお届けします。(上野賀永子)





かぞくのくに



溢れていた。人が多いところでは呼吸が乱れてしまう。出来るだけ外にいようと思った。

どうしようもない熱があった。入り口付近で一人、必死で整えようとするのだが、いつもと違っている。やっと劇場に入る勇気が出てきた頃には、整理券の番号はとっくに過ぎていた。会場には一番最後に入ったと思う。

「かぞくのくに」を観た。普通の家族の普遍的な物語だった。その作品が持つ背景の大きさを考えてしまうと、私たちは口をつぐむしかなくなるのかもしれない。ヤン監督の育った経緯を基にしたというこの作品。そこに思い出を追いかける要素があったとしてもそれは彼女個人のことで、観ている私にバイアスをかけるものではない。スクリーンには、静かな緊張があったし、見えないはずの余白があった。

物語は、切り取るとそこで終わってしまうものなのだろうか。映画を撮る人がいる。演じる人がいる。スタッフがいる。宣伝がある。配給もある。観る人がいる。おそらく作品を前にしての感情やその他の様々なものは、観る人それぞれの人生に近いところに手繰り寄せてみるしかないんだと、私は思う。





KAZOKUNOKUNI@FORZA_SOGAWA


安藤サクラさん、井浦新さんインタビュー(前編)


― 今回の映画について。

井浦新)言葉にするときっとすごく時間がかかるんです。いろんな要素が全部入って、あげていくと物凄く沢山ある。特別なものに間違いないです。

安藤サクラ)リエを演じる上で、監督本人の思いを投影するつもりはなかったです。逃げるのに必死だったし。ただ、監督がこの作品を撮るという思いはガッツリと受け止めて参加しました。それとこの役を受け止めるというのは全然別ですね。「彼女自身の役だから、彼女の思いを受けてその役を演じる」なんて言うことは一切思わずに。バランスを取るのが難しかったです。監督と監督自身の役(リエという役)と、私が演じるということのバランスですよね。難しかったけど、でもそれも新さん演じるソンホとの関係をその場で作っていった作業が、バランスを取るっていうことになったと思います。

井浦)もちろん監督を中心にして作られていますし、監督の人生を映像化していく作品でもあります。けれど「かぞくのくに」という一つの映画を作っていくのは「現場」であり「共演者たち」であり、そこで生んでいく家族感、家族としての在り方というものは、言葉で説明できるものではないです。やはりその瞬間瞬間。例えば、二人で作っていく妹と兄との関係性だったりします。そこにオモニとアボジがいて、四人での家族としての形がまた生まれてくる。それは監督と密に話し合ってできることではなくて。現場で声を出して、肌で家族の形を感じながらやっていくしか手法がなかったりもします。全ては共演者同士が撮影期間中、一つの家族となって心が繋がって、やっと出来たという思いです。


― 監督から細かい指示はありましたか?

井浦)指示は演出として、もちろんありました。それが具体的に「右手を動かして」とか「これを何かして」という時もあれば、そのシーンを見て「私はこの時オッパのことこんな風に思ってたんだよね」って言われたりとか、監督の思い出や当時感じていたことが、演出の手法になっていたように思います。サクラさんに「当時自分ができなかったことをここでやってほしい」というのもそうです。漠然としているけれども、より具体的な「やってほしい」もありました。


― 最後のシーン。自分が見てるだけだったから、ソンホを止めてほしいっていうところもそうだったんですか?

井浦)そこは一回本番(止めないシーン)を撮ったんです。2回目に撮った本番、そこで監督が、サクラさんに止めてほしいって。あれ、突然言い出したんだっけ?

安藤)私、この取材が始まるまですっかり忘れてた。


― 自分が見ていただけで止められなかったから「やって?」って言われたそうですが。

安藤)そうですそうです。それを聞いて思い出しました。突然!だって、全部突然じゃないですか(笑)

井浦)監督もちゃんとお芝居を観て、でもお芝居の正解がいつもないんですよ。現場で、台本に沿っているようでも沿っていないので。特に沿っていないのは気持ちの部分。台本を飛び越えちゃっているんです、役者たちが。で、台詞が台本にあったとしても、その台詞を気持ちが飛び越えてるから、今更このセリフを言うこと自体が必要なくなってしまったり。そういう部分で気持ちがどんどん膨らんでいった。だからこそ心に任せたお芝居で、役者のほうは成立しているんです。でもそうなってくると、繋げて物語にするのが大変。正解なんかない中で、その時に感じたことをとにかくワンシーンワンシーンやっていったんです。


― 長く、いろんなカットを撮られたんですよね。

安藤)そう、いろんなのを撮りましたね。基本的に全部ワンカットで撮って、本番一発で臨む。

井浦)うん。


― 言葉は大変でした?

井浦)そこは特に難しいテーブルには乗っかってこなかったですよ。イントネーションとか訛りがあるとか、もちろんそういうのはありますが。

安藤)あれってうまく喋れてるのかね?(笑)

井浦)ねー(笑)

安藤)何だか「うまいですねー」とか、ちょっと褒められてたよね(笑)うまいのかな?やっぱり。

井浦)どうなんだろうね。日本語の訛りがちょっと出ている感がより良かったりするのかな(笑)とにかく、きれいには言えていないと思います。

安藤)でもそんなに喋ってないよね(笑)

井浦)そうそう(笑)


― 印象的だったのがリエとソンホの対照的な目でした。25年ぶりに会う時。自由に生きてきている人のまっすぐな目と、制限されてきた人の目って違うなって。

安藤・井浦)えへへ(笑)

井浦)あれはただ緊張してただけ(笑)

安藤)違うの、この方、目がね、おかしくなりがち(笑)

井浦)おかしくなりがちなんだ?(笑)


― 家のロケーションもすごく良かったですね。あれは実際にあるものなんですか?

安藤・井浦)あそこよかったよね。

井浦)あれはベースがあったものを作りこんで。蔦や外観はそのままのはずです。


―「お前はいろんなところに行け」って言う場面、最期にリエがスーツケースを持って歩いている姿が印象的でした。映画を観ていても自分が普段生活しているところとか、体験していることに近いところに引き寄せて観る。そういう意味では、私の中で、今回「かぞく」が最も近かったんだ思います。

井浦)結構多いのは「北朝鮮ってそういう国なんだ」とか、そういう感想で。それも全然いいんです。どういう風に感じてもらっても良いのですが、この作品には、僕は家族というものを大切にしながら参加していたので、家族の物語であってほしいなという気持ちがとても強かった。だからそういう風に、いろいろな要素はあったとしてもこの物語から感じたものは「家族」だってところに着地してもらえたことが、すごく嬉しいなと思います。


― 映画としてのかぞくのくに。ソンホとアボジの最後のシーンも、得体のしれない感情が生まれました。

井浦)アボジ役の津嘉山正種さんが、ソンホが車で去っていくシーンを撮影している時に、ソンホを思いっきり抱きしめてやりたいんだって仰っていました。それは気持ちとして津嘉山さんの中に生まれているもので、でもそれをやってしまうと映画としての見え方が違ってきてしまう。気持ちとしては、ソンホを抱きしめてやりたいなぁって言っていらしたのを、今思い出しました。きっとアボジの心情って言うのはそういうものが強くあったのではないでしょうか?


 特別な背景の中で、普通の家族の心情が行き来する。親であり、息子であり、妹である。それぞれがあるべき姿を出していらっしゃいましたね。

井浦)そこはやっぱり大切にしていました。きっとやろうと思ったらものすごく感動させて泣きっぱなしにさせてということができるような話だと思うんです。それこそお芝居のやり方によっては。そういうことではないところに行きたかった。特別な家族に見せては絶対にダメだなっていう。なんでもない話にしたいなって。どんなに静かに繰りひろげられたとしても、その背景にあるものが大きく、この作品が持っている熱がとても高いですから。


― リエが「私韓国には行けないから」ってさらっと言ったところもそうですね。

井浦)きっとリエにとってはそんなことさえも当たり前の日常なんですよね。


「富山にずっと来たかった」という安藤さん。先月に引き続き、フォルツァ総曲輪に来てくれた井浦さん。富山で「何かが燃えて地球に落ちてきているようなものをみちゃったんだよ」と口を揃えて楽しそうに語る二人は本当の兄弟のようだった。そこに、最小の単位である家族を垣間見たような気がした。離れていた25年は決して空白ではなく、別々の現実、別々の場所、別々の思想の中で生きてきたという現実の25年であった。

国、そして個人の思想。何の力もないリエが一人の人間として、ぶつけたもの。小さなところから、社会全体・国・世界と、大きなところに繋がる。そのような問題を内包するのは個人であっても国であっても何であっても、同じなのかもしれない。

「かぞくのくに」いわゆる国境がある国ではなく「居場所を連想するように」と、その題名がつけられたと聞く。この作品は多くの北朝鮮や在日についての映画と一線を画す、普遍的な家族の話として心に記憶される映画となった。


かぞくのくに
監督:ヤンヨンヒ
出演者:安藤サクラ・井浦新


上野賀永子/コトノオト代表。最近「おおかみこどもの雨と雪」の山手線のコピーを書いた人と紹介されることが多く、あぁ、簡単な説明があったとほくそえんでいるライター・コピーライター。

type='text/javascript'/>