はじめてのダンスレッスンに挑戦する、34歳の意地
予約の際「初級・中級コースがありますがほとんど差はありません。全くの初心者でも大丈夫ですよ」と優しくアドバイスをしてくれた。また、どんな服を着て行ったらいいのか?靴は何を履けばいいのか?等、大事な質問を聞き準備は万端怠りなし。予定より早く受付を済まし彼が訪れるのを待つ。
アウェイ感がひしひしと伝わる中、スタジオにケント・モリ氏がお馴染みのハットとサングラスをはめ黒のジャージ姿で登場してきた。
室内の空気が変わる。周囲が尊敬の眼差しで彼を見入る。世界を見てきたオトコの貫禄がやはりある。緊張で会場が張り詰める…と思いきや、思ったよりも和やかなムード。どうやらはケント・モリ氏のワークショップを何回も受講している人が多い様子。トップダンサーになった今でも彼は日本各地を回り、ワークショップとしてこのようにダンスの指導を行っているようだ。
音楽に合わせストレッチがはじまる。見よう見まねで周りの動きに合わせてみる。取り残されそうになるのを、何とか踏ん張るため気合を入れる。せめてストレッチだけでも皆に合わせようと奮起した。そのストレッチ終了間際、ふくらはぎが攣った。
「タ・タ・タ・タァ~ァ~タン、タンで足を交互に…」
「そう、そう、いい感じ」
極度の緊張とストレッチで生じた疲労、取り残される劣等感でパニック寸前になった僕には、何がどうなったらどうなるのかさっぱり分からない。時々足が折れたフリをしてみたり、日本語が分からないフリをしたりして気持ちを紛らわした。風に揺れる柳のように流れ流されながらもそれなりに真剣に取り組んだが、ステップを知らない人間がいきなりダンスは踊れないことを理解した。
終わり間際にケント・モリ氏が我々受講生だけに世界のダンスを披露してくれた。その踊りは正に偽りなく、同じダンス仲間として本当に感動した。いつか僕が結婚をして息子が生まれ、その子どもが8歳になったら伝えようと思う。「お父さんはね、ケント・モリと一緒にダンスを踊ったことがあるんだよ」と。
ワークショップ後、ケント・モリ氏の元へサインを貰いに行った。宛名は「ヤチャ」でお願いしたら快く書いてくれた。…言葉はなくともケント・モリ氏は僕の気持ちを受け止めてくれたに違いない。その笑顔は僕にとって、こう伝えているように映った。
「まあ、見てな。いつか舞台で「ヤチャ!」のポーズを決めてやるからな」
…そのことを考えると、今でも胸が高鳴ってくる。